生い立ち

「掃除に学ぶ会」の起点
便器そうじ イラスト  「トイレが汚れていると、人の心が荒む」というのが、私のかねてからの考えでした。まず、自分の会社のトイレ掃除を社員の人達と一緒に徹底してやり続けました。1994年に岐阜県明智町(別称:日本大正村)という山間の小さな町のある集まりに参加しまして、その折に「トイレがきれいになると会社が変わる」と話したところ、「この明智町でやりたい」ということになりました。最初に集まった有志が35名でした。

 これが契機になって、学校の先生方のご理解を頂き学校をお借りして、トイレ掃除の活動をするようになりました。自分を下坐に置くことによって穏やかな心になろう、という主旨のこの活動が「日本を美しくする会」となって全国に広まりまして、現在47都道府県の中、40都道府県に波及し、昨年は延べ3万人の方が参加されました.。さらに、ブラジルをはじめ海外にまで運動は広がり参加される方々が増えています.。

 学校のトイレ掃除は用具が充分に揃っていないこともあって、今のところ徹底しているとは言い難い状況です。日本を美しくする会の人達の手によって、きれいに変わっていくトイレを見て、先生方や子供さんたちにも運動の輪がしだいに広まっております。「うちの子がきれいに掃除をしてくれるようになった」とご両親から感謝の手紙をいただくことも、しばしばです。(1999年Best father賞 受賞記念誌より)

プロフィール  鍵山秀三郎(かぎやまひでざぶろう)
鍵山秀三郎 かぎやまひでさぶろう  1933年生れ。東京大空襲を機に岐阜県上之郷村に疎開。 岐阜県立東濃高校を卒業。単身東京に出て1953年デトロイト商会入社。1961年同社を退社。潟香[ヤルを創業。平成9年10月潟Cエローハットに社名変更。平成10年6月をもって社長退任、 相談役に就任。

 平成5年11月「日本を美しくする会」を創唱。その後全国各地に「掃除に学ぶ会」が誕生し、 その輪を広げつつある。 「日本を美しくする会」が発足したのは1993年11月。潟Cエローハットの創業者・鍵山秀三郎さんの掃除哲学に学ぼうという有志の集まりとして結成されました。 「日本を美しくする会」の推進する「掃除に学ぶ会」が、最初に開催されたのは岐阜県恵那郡明智町の日本大正村。 以来、「掃除に学ぶ会」の運動は各地に広がりました。

 「一つ拾えば一つだけきれいになる」 たとえ何拾万個のゴミがあっても一つ拾えば一つだけでもきれいになるわけで、拾ってけっして汚くなることはないのです。 「一つや二つ拾ったってしょうがないじゃないか」という考えではなく、一つでも二つでも拾えばそれだけ世の中がきれいになる。そういう考えです。(鍵山秀三郎語録より)



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